2006-8-29 Tue 美容外科医がスポーツで思うこと (その①)ーボクシングー

「結果」と言う意味でボクシングと美容外科手術は、実はとても関係があるのです。

先日、ボクサー亀田長男選手の、とても後味がいいとは言えない判定勝ち試合がありました。これが、ボクシング以外のスポーツ(例えばサッカー等の得点団体球技や体操・フィギアー等の採点競技)であったならば、取りあえず日本が勝ったのだから日本人皆、よかった、で済んだのでしょう。しかし、こと ボクシングだからこそ自国が勝っても大ブーイング が起こったのです。

私は思います、そもそもスポーツ数多くあれど、ボクシングほど 老若男女、万民に強烈な感動、プリミティブ (primitive) な感動を与えるものはありません、と。想像を絶する過酷なトレーニングで身体を絞り込み、鍛え上げた選手同士が、(他のスポーツにありがちな観ている素人にはややこしいであろう)ルールに縛られた得点・技術点や有効ポイント、はたまた芸術点なんぞにお構いなく、ただただ相手を殴ってリングに倒すという、誰が見ても分かる、素人でも判定しやすい「明白な結果」を出すことでもって勝利を得んとする、その姿がとても美しく、また「フェアー」と感じるからです。

にもかかわらず冒頭の試合は、専門家である審判でしか分からないような「不明白な結果」でもって勝敗を決めてしまったのですから、自国ボクサーの勝利でも観衆(素人)が満足いかなかったのは当然です。「専門家の裁定に素人がとやかく言うな」 としてしまったら、もうボクシングはおしまいです。他のスポーツには無い、前述したボクシング固有の魅力、プリミティブ(primitive) な魅力ー観衆(素人)が主座であるという魅力ーが損なわれるからです。

一般の全てのスポーツも、あくまで「観衆レベルでフェアー」に行われるべきであると私は思います。何を理想論ぶっているか、と言われそうですね。大抵のスポーツの興行には、主催者側の意向、スポンサー、マスコミ等の経済的思惑が複雑に絡んでいるのですからね。 でも、そこにはお金を払って見ようとしてくれる観衆(素人)は、主座ではなく脇に追いやられ、無視されているわけですから、人気が下降すること必定です。マスコミ等にとっては、あくまで巨人は強くあってほしいし、サッカー日本代表は世界に勝ってほしいのでしょうね。

美容外科手術は、ボクシングと同じく「明白な結果」を、素人である患者さんにお出ししなければなりません。もし美容外科医(ボクシングでいう専門家である審判)が、「E難度の最新何とか・・・治療法を駆使し、あなたを綺麗に治してあげましたよ」 と唯我独尊的に判定しても、肝心の患者さんが不可としていたら話になりません。

美容外科医(執刀医)は、ボクサーでもあります。絶えず自己管理をし体調を best condition に整え、手術(ボクシングでいう試合)に臨みます。医学的に素人さんである患者さんに、その手術の出来映えを判定して頂きます。「成功という明白な結果」(ボクシングでいう勝利)を患者さん(ボクシングでいう観衆)レベルから頂戴しないことには話になりません。美容外科執刀医は、絶えず勝ち続けることが求められるボクサーなのです。

私の某恩師先生が「形成(美容)外科医師たるものは、絶えず衆人環視の中で白刃の上を裸足で歩く心構えが必要だ」とおっしゃっておりました。この心構えを守り続けることが宿命、とされる仕事は確かに大変なことです。しかし 医師であり、かつ「腕におぼえあり」とする者だけが許された天職である、と私は思います。1人でも多くの患者さんが美しく幸せになることを、メスでもってお手伝いさせて頂くことを使命、誇りとしながら、優秀なボクサーに負けないよう精進して参りたいと考えるのであります。

予告:次回は、美容外科医がスポーツで思うこと (その②)ー熱闘甲子園ー です。